川原医師が現地の人たちを評して「貧しい中に光が見える。何かがあるから光っている。日本には何でもあるけど何かが無い。アフリカの貧しい所から学ぶべきではないか」と言ってましたが、まったく同感です。
たぶん彼らの優先順位、家族>友達>仕事と順番が違うのと、その間にお金や物が割り込んで人とのつながりが細くなってしまったのが今の日本なのかなぁと感じています。ほんのちょっとの心の使い方の違いなのでしょうか。
ジャンボ(やあ)
ハバリ(調子はどうだい?)
ムズリ(良いよ)
カリブ ニュンバニ(家に寄ってきな)
アサンテ(ありがとう)
カリブ(どういたしまして)
満天の笑顔付きで日常よく行われていたケニアでの挨拶。こういうのは日本では日常的ではないかな。
川原医師が言っていた途上国にあって日本に無い何かって、単純に挨拶とか笑顔とかありがとうじゃないのでしょうね。笑顔とありがとうはハンバーガー屋さんとかに行けば只でいただけ、気分いいけどちょっと違う。何かって笑顔とかありがとうとかお互い与え合い、目に見えない気持ちの交流でつながっている家族や親戚や友達、その中にいられることで満たされる気持ち、安心感みたいなものじゃないかと思うのですけど、どうでしょう?
番組で紹介されていた川原医師がよく聞いているというさだまさしの「風に立つライオン」15年ぶりぐらいに聞き、胸が熱くなりました。アフリカで活動する隊員たちに愛され、よく聞いて勇気もらっていた曲です。
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