いまから10年以上も前の話です。そのころ84歳だった母方の祖母がいました。明治に生まれ、第2次世界大戦下、そして戦後の貧しい東京で逞しく4人の子供を育てあげました。小柄で常に穏和で、笑顔と優しさの中に意志の強さを持った人でした。
84歳になっても夫から受け継いだ築30年の小さなマンションの運営(6戸)をしていました。70歳になる少し前、癌になりましたが闘病し克服、またその数年後にも交差点を渡っている時に不注意で出てきた車にはねられ重体になりましたが、リハビリを経て完治させました。
マンションの建物は古く、やることはいつも山積みでした。掃除やメンテにおばあちゃんはいつも忙しくしていました。そんな毎日でしたが、孫やひ孫が大好きで、学校に入学するときに彼らにランドセルをプレゼントすることがおばあちゃんの大きな楽しみでした。
マンションの立地はよく、常に空部屋はない状態でした。その反面、何かを売りつけようとか、不動産目的で親切なおばあちゃんに近づいてくる人が多くいました。
そしてある日、頼んでもいない訪問者が一人。マンションの水道管の写真を撮ったり、屋上に上ったりしながら普通の人が理解できないような専門用語を並べ、おばあちゃんに水道の濾過器を100万円で売りつけました。太めの金属パイプ、どうしてこれが100万円?
親類がそれに気づいたのはすでに取り付けられた数週間後でした。おばあちゃん、どうして相談してくれなかったのかなと思いつつ、80歳以上の老人にどうしてそんな超ぼったくりみたいなことができるのか悔しくて仕方ありませんでした。
その会社の担当者に毎日電話し、取り外してもらえるように交渉しました。でも、受け付けてもらえる訳がありません。友人に業者のことを調べてもらったり、実際に濾過器をみてもらったりもしました。
消費者センターにも相談しました。消費者センターもできる限りのことはしてくれましたが、残念ながらクーリングオフは適用されません。
若気の至り、自分のできることといったら会社の担当者やその上司に取り外してもらえるようただ感情的に毎日訴えるだけでした。
それを続けているうち、ある日、会社の担当者が、「取り外します、料金もすべて返金します、、、」と言いました。そして、数日後の本当にその濾過パイプは取り外されお金も返金されました。後から聞いた話ですが、自分以外のおばあちゃんの孫もかなり動いていて、そっちのほうが全くもって効果的だったようです。
それからすこし経過した後、おばあちゃんと一緒にお茶を飲みお菓子を食べていました。おばあちゃんはすこし黙ったかと思うと、一言「どうもありがとう」と、ゆっくり優しく自分に言ってくれました。
結局、無力で何もできたわけではないのですが、生きてるココチがしました。それ以外に僕は何もいらないと思いました。
おばあちゃんは94歳まで生きました。病院では危篤状態で、「あと、数週間もてば」と言われたのですが、約半年おばあちゃんは生きました。
意識がほとんどなくなる中、それでも自分はおばあちゃんとコミュニケーションを取れていたと思っています。おばあちゃんの手をしっかり握って、手に「ありがとう」の気持ちを込めました。するとお祖母さんは普段動かさない顔や頭を動かしてくれました。
おばあちゃんが亡くなったのは2006年の5月です。おばあちゃんのひ孫であるうちの双子の子供は今年4月に小学校に入学しました。おばあちゃんが二人のために残してくれたお金で買ったランドセルをもって元気に学校に通っています。