2009年8月26日水曜日

夜行バスの中で見た黄金


Kenyaには2年間暮らしていた。住まいはマリンディという首都ナイロビから600kmほど離れた場所。首都までの移動は主に夜行バスを利用していた。今は無きマリンディーバス、値段が安く、庶民にとって便利なバスであった。

Kenyaの道路事情はけして良いとは言えず、ナイロビまでの道路は一応アスファルトだがところどころ穴が開いていて車に優しい道ではなかった。

その道路をぶっ飛ばす夜行バスにはかなり車体に負担あったと思うが、あるとき夜行バスでナイロビに向かっている途中、バスのシャフトが落ちて走らなくなってしまった。乗客全員夜中にバスから放り出され、次に来たマリンディーバスに便乗させられた。

真夜中の眠い中、ぎゅうぎゅう詰めで長距離を立って移動するのは拷問に近い。赤ちゃんを連れているお母さんはかなりきつそうだった。

多くの人は見て見ぬふり、知らんぷりして寝ていた。そんな中、一人の勇気ある青年が立ち上がり、子連れのお母さんに席を譲った。すごい!自分が逆の立場なら、そんなことできただろうか?

10年以上前の話だが、心の中に、あの席を譲った青年が今も光輝いている。

2009年8月25日火曜日

本田宗一郎


「私の最大の栄光は、一度も失敗しないことではなく、倒れるごとに起きるところにある」

本田宗一郎


2009年8月23日日曜日

銀座でジャンボ ブワナを熱唱する


昨日は前の会社の後輩女子社員の結婚式の2次会に招待されました。当日はアフリカンな格好でケニアのポピュラーソング、Jambo Bwanaを歌ってほしいと元上司から事前に依頼を受けていたので、6年前にケニアへ旅行に行ったとき購入したマサイブランケットでも巻きつけてマサイっぽい格好をと準備していきました。

なんでアフリカンソングかわからなかったけど、新婚旅行に行く暇がない新郎新婦に世界各国の雰囲気を味わわせるという趣旨で、面白おかしいロシアのコサックダンス、本格的なハワイのフラや沖縄の歌など代わる代わる披露するというプロデュースが得意な元同僚の仕込んだ演出だったのでした。

バックバンドは元上司率いるプロの人たちで、事前の音合わせをしただけで本番の自分の姿を想像してちょっと弱気に・・・。でもここはかわいい後輩の為、来ている方々に喜んでもらう為にと覚悟をきめ、少しお酒の力も借りて本番は120%の力でJambo Bwanaを熱唱できました。

予想以上に皆に喜んでもらえ、プロデューサーの元同僚からもGood Job!と誉め言葉をかけられ、自分も少し役に立てた充実感と感謝の気持ちでいっぱいでした。

6年前、一緒の部署にいたプロデューサーの元同僚が自分の仕事を代わりにやってくれ、長めの夏休みを取ることができました。そのおかげでケニアに旅行に行け、今回のマサイの格好ができたんだよなぁと過去の事を思い出しての感謝の気持ちもでてきました。

ありがとうを探すことができるようになってきている自分、確かに心が豊かになってきた氣がします。

2009年8月20日木曜日

韓国かぼちゃと奇跡のタレ


家庭菜園では流通してないような野菜も作ることができるので、毎年珍し野菜作りにも挑戦しています。今年は農業新聞で紹介されていた韓国かぼちゃを栽培してみました。

作ってみると普通のかぼちゃのような木の姿で、ずんぐりしたズッキーニのようなものを未熟な状態で収穫します。油で炒めて食べてみましたが、味はほんのり甘く、普通の未熟かぼちゃとズッキーニの間の食感で、自分には素材の良さがぜんぜんわかりませんでした。

大量にできてしまって困っていましたが、同僚が1つもらってくれ、意外にも後から美味しかったとの返事をもらいました。

同僚から言われハッ!としましたが、食べ方もろくに調べず判断してしまい、野菜に失礼なことをしたと氣づかされ、インターネットで食べ方を調べてみました。

韓国ではアミの塩辛を調味料として使うと紹介されていたので、丁度キムチを漬けようと思って買ってあったアミの塩辛と魚醤(いしる)と唐辛子とすりおろしたニンニクで炒め物にしたら旨味たっぷり、その中にほのかな甘さがあって実に美味しい!

普段、化学調味料系は一切使わないので、この旨味たっぷりの韓国風のタレは炒め物野菜を美味しくし、自分の食生活に大きな影響を与えそうです。以来毎日のように韓国かぼちゃの炒め物を山盛りいただいています。ありがとう韓国かぼちゃ!ありがとうインターネットの韓国料理レシピ!

なお、韓国かぼちゃはお味噌汁なんかに入れても美味しいです。

2009年8月17日月曜日

叱る自分に酔ってる親

先日、話してをしていて「はっ」と思った一言。「叱る自分に酔っている親」

街やレストラン、学校、人前で子供にコンコンと怒り、説教している親は多くの場合、「正論だ」と言わんばかりに子供を説き伏せながらそういう自分に酔っていることが多いという。

聞くと「ぷっ」と笑ってしまうが、気づいてみると自分もこのタイプかもしれない。

子供の躾けができていないとしたら、それは親のせいでしかないのに、子供をその場(外や人前)で怒っている自分に気付く。恥ずかしいやら、笑っちゃうやら、情けないやら、ずるい親とは自分のことだった。

うううう、、、






心を成長させる7ヶ条


心を成長させる7ヶ条
  1. 人の幸せを自分の幸せのように喜べる人になる
  2. 過去と他人は変えられない。変えられるのは自分と未来だけであることを知る
  3. 今の自分はすべて自分が選択してきたことと考える
  4. 自分に起こるすべてのことにプラスの意味づけをする
  5. だれかの姿は、自分の心の投影であると考える
  6. 自分を愛で満たし、ほかの人と愛を分かち合う
  7. すべてのことに感謝していきる
「出会いの法則」 クレア&イチロー 中経出版

2009年8月13日木曜日

いきてるココチ 2


いまから10年以上も前の話です。そのころ84歳だった母方の祖母がいました。明治に生まれ、第2次世界大戦下、そして戦後の貧しい東京で逞しく4人の子供を育てあげました。小柄で常に穏和で、笑顔と優しさの中に意志の強さを持った人でした。

84歳になっても夫から受け継いだ築30年の小さなマンションの運営(6戸)をしていました。70歳になる少し前、癌になりましたが闘病し克服、またその数年後にも交差点を渡っている時に不注意で出てきた車にはねられ重体になりましたが、リハビリを経て完治させました。

マンションの建物は古く、やることはいつも山積みでした。掃除やメンテにおばあちゃんはいつも忙しくしていました。そんな毎日でしたが、孫やひ孫が大好きで、学校に入学するときに彼らにランドセルをプレゼントすることがおばあちゃんの大きな楽しみでした。

マンションの立地はよく、常に空部屋はない状態でした。その反面、何かを売りつけようとか、不動産目的で親切なおばあちゃんに近づいてくる人が多くいました。

そしてある日、頼んでもいない訪問者が一人。マンションの水道管の写真を撮ったり、屋上に上ったりしながら普通の人が理解できないような専門用語を並べ、おばあちゃんに水道の濾過器を100万円で売りつけました。太めの金属パイプ、どうしてこれが100万円?

親類がそれに気づいたのはすでに取り付けられた数週間後でした。おばあちゃん、どうして相談してくれなかったのかなと思いつつ、80歳以上の老人にどうしてそんな超ぼったくりみたいなことができるのか悔しくて仕方ありませんでした。

その会社の担当者に毎日電話し、取り外してもらえるように交渉しました。でも、受け付けてもらえる訳がありません。友人に業者のことを調べてもらったり、実際に濾過器をみてもらったりもしました。

消費者センターにも相談しました。消費者センターもできる限りのことはしてくれましたが、残念ながらクーリングオフは適用されません。

若気の至り、自分のできることといったら会社の担当者やその上司に取り外してもらえるようただ感情的に毎日訴えるだけでした。

それを続けているうち、ある日、会社の担当者が、「取り外します、料金もすべて返金します、、、」と言いました。そして、数日後の本当にその濾過パイプは取り外されお金も返金されました。後から聞いた話ですが、自分以外のおばあちゃんの孫もかなり動いていて、そっちのほうが全くもって効果的だったようです。

それからすこし経過した後、おばあちゃんと一緒にお茶を飲みお菓子を食べていました。おばあちゃんはすこし黙ったかと思うと、一言「どうもありがとう」と、ゆっくり優しく自分に言ってくれました。

結局、無力で何もできたわけではないのですが、生きてるココチがしました。それ以外に僕は何もいらないと思いました。

おばあちゃんは94歳まで生きました。病院では危篤状態で、「あと、数週間もてば」と言われたのですが、約半年おばあちゃんは生きました。

意識がほとんどなくなる中、それでも自分はおばあちゃんとコミュニケーションを取れていたと思っています。おばあちゃんの手をしっかり握って、手に「ありがとう」の気持ちを込めました。するとお祖母さんは普段動かさない顔や頭を動かしてくれました。

おばあちゃんが亡くなったのは2006年の5月です。おばあちゃんのひ孫であるうちの双子の子供は今年4月に小学校に入学しました。おばあちゃんが二人のために残してくれたお金で買ったランドセルをもって元気に学校に通っています。

2009年8月12日水曜日

ウサギとカメと枝豆

私が家庭菜園で使っている畑は標高700mほどの所にあります。夜は冷え込むので、作物は昼間貯めた太陽エネルギーを夜の間に呼吸で使う量が減って比較的作物が甘くなります。特に枝豆は甘さの違いがわかりやすく、人にあげても喜ばれるので作るのが楽しみな作物です。

しかし、その枝豆もウサギとカメムシの脅威に脅かされています。最初はウサギちゃん。植えたての苗を狙います。7月下旬、最後に植えた遅口の苗はほとんど葉を食べられてしまい、残された茎が鉛筆のように立っていて、なんとも淋しい景色でした。
お盆近くなると次はカメムシの襲撃が始まります。カメムシに吸われた部分はスポンジ状に茶変し、食べても少し苦い味がします。初期に吸われると実は大きくならず、3年前には全滅になったこともあります。

畑の準備や育てた苗が無駄になってしまうので、なんとも憎たらしい奴らですが、困難があれば取れた枝豆に余計感謝できるし、対策に知恵を出そうと頭も使うのでここは楽しんでしまいましょう。押忍!ありがとうございました。来年こそウサギとカメとの勝負に勝つぞ!

2009年8月9日日曜日

頑張る子どもたち in Japan

近所に地球の裏側のとある国からやってきた女の子が住んでいます。日本で働く父親に連れられて、約2年前にはるばる日本にやってきました。

初めは全く日本語がわからず、なかなか友だちもできなくて辛い思いをしていたようです。でも、さすがいまどきの中学生、次第に携帯を使いこなすようになり、何人かの友だちと、メールのやりとりも楽しめるようになりました。

彼女はもうすぐ受験生です。日本人の中学生にとっても高校進学は生まれて初めての大きな試練ですが、彼女のように日本語がまだまだ不自由な外国人も、日本の子どもと同じ土俵で、同じテストを受けなければ、ほとんどの高校に入れないのが現状です。

先日、東京多摩地区で初めて、日本語を母語としない親子のための高校進学ガイダンスが開かれ、私もボランティアとして参加しました。ボランティアの中学・高校教員が、日本の教育制度や高校進学について、受験までの勉強の仕方などを説明し、それをボランティアが6言語に通訳します。その後は教員や地域のボランティア日本語教室などが個別相談に乗る、という手作りの催しでした。

さまざまな事情で日本にやってきて、さまざまな事情で母国に帰れない子どもたちは年々増加しているそうです。今回も、初めてのガイダンスだったにもかかわらず、約100名の参加者がありました。

彼らが日本にやってきたのは、もしかしたら本意ではなかったのかもしれません。また、母国に帰れない事情が何かしらあるのかもしれません。でも、縁あってはるばる日本に来てくれた子どもたちです。日本語のハンディに負けずに、進学して自分の夢を実現し、将来、母国か日本のどこかで活躍してほしいと思っています。彼らとつながることによって、私たちも多くのことを学べると思うのです。

2009年8月5日水曜日

店頭販売で老人と

契約しているスーパーで月に1回、私たち地域の野菜を宣伝も兼ねて朝市形式で店頭販売させてもらっています。生産者が交代で売り子に行くのですが、畑作業が忙しい夏の時期は販売窓口の私も行くことがあります。先日1年ぶりに売り子の当番が回ってきて、今日は沢山ありがとうを言うチャンスだ!と張りきって行きました(ありがとうTシャツも着て)。

ありがとう言ってやるぞモードで売り子をしていると、たまたま去年も買いに来てくれた老人に対して「いつもありがとうございます」と自然に感謝の言葉(いつもがプラスされただけ)と態度(軽くお辞儀だけですけど)がでてきました。それがツボだったようで、沢山買ってくれるわ、わざわざ引き返してきて「暑いから使いなぃ」と団扇を持ってきてくれるわ、ちょっとした気持ちの持ちようで、ずいぶんと相手への影響が違うのだなぁと実感させられました。

自分も相手も気分よくなる、ありがとうという感謝の気持ちと言葉。ぜひとも使える事を習慣にしたいです。

2009年8月4日火曜日

北海道牧場体験ツアー②

今年の北海道は雨が多く、思うように農作業がはかどっていないそうです。畑に植えた野菜の生長も思わしくないし、この時期にはかなり進んでいるはずの牧草地の草刈りも、今年はまだほとんど手つかずに残っていました。

「自然は自分たちの思い通りにならない。」

牧場に着いて最初の晩に、ご主人が子どもたちに語った言葉です。北海道の厳しい自然を相手に40年間、牛と共に生き抜いてきた方の言葉だけに、その一言には説得力がありました。ある時にはじっと耐え、ある時には工夫して、思い通りにならない自然を受け入れてきた。だからこそ自然に感謝し、恩恵を受けることができるのだと言います。子どもたちもその言葉一つ一つに、じっと聞き入っていました。学校で習う知識とは違う、経験に裏打ちされた言葉の重みを、子どもたちは肌で感じたに違いありません。

牧場主の発する言葉は、いつでも深く、かつ温かくて、私たち大人の心にも深く染み入りました。15年前、自給自足の生活を営むケニアの村で暮らしていたときに、村人の強く優しい言葉に圧倒されたことがあります。どちらも厳しい生活を貫いている人だけが伝えることのできる、魂の宿った言葉のように思いました。

決して便利とはいえないけれど、だからこそ本当に心豊かな暮らしを実現できるのではないかな、と考えさせてもらった旅でした。


ご主人が語ってくれた素敵な言葉をもうひとつ。

「自然だけではなく、世の中は自分の思い通りにならないことが多い。それを嘆いたり、あきらめたりするのではなく、予期せぬことを受け入れ、その中でいい方向に持っていけるように、自分で工夫して生きていくことが大切だ。」

2009年8月3日月曜日

カラス

今日は久々のよい天気になりました。
昼休みは久しぶりに畑でランチを食べました。開放感ある畑でのランチはなんとも贅沢なものです。

畑では自家用の野菜を何種類か作っています。枝豆、トウモロコシ、かぼちゃ、サツマイモ、トマト、きゅうり、インゲンなど。一般的にトマトはほとんど緑のものを収穫して、流通中に追熟させて赤くさせますが、自家用では赤くなるまで木に成らせて食べる事ができ、木成り完熟トマトは自家用野菜の特権でもあります。

今年のトマトはなかなか赤くならず、だらだら続いた梅雨空のせいかなぁと思っていましたが、トマト畑の雨よけビニールの上に赤いものくわえたカラスが!よく観ると完熟トマトを口にくわえ、しかも雨よけビニールに止まって食べているのでビニールには穴だらけ。雑草でわかりませんでしたが、よく観るとトマトの残骸があちこちに散乱。

飛び立ちながらカーカー鳴くカラスにムッとしながら、フッと息をついて、こういう状況にもカラスにありがとうと思えたらと何か理由を探しているといいのが思いつきました!油断している自分にちゃんと観察してないとだめだよ、雑草生やしすぎだよ、油断大敵だよと教えてくれてありがとう!と。今のところ心からありがとうとは思えないけど、意識していればそのうち思えるようになるかな?

2009年8月2日日曜日

北海道牧場体験ツアー①

小学生の娘が所属する学童のツアーで、1週間の北海道・牧場体験に行ってきました。フェリーで1泊、港に着いてからさらに海沿いの道を車で約5時間、東京から丸2日かかってようやく着いた牧場は、山に囲まれた静かな森の中にありました。

牧場を営むご夫婦は、40年ほど前にこの地にやってきて、未開の原生林を開墾するところから始め、家を作り、井戸を掘り、牛を放して少しずつ草地を拡げていったそうです。今も水道・電気は通らず、水は井戸水、電気は朝晩の必要なときだけ発電機を使っています。

親元から離れた20人の小学校2年から中学3年までの東京の子どもたちが、文明から遠く離れた場所で1週間暮らすとは、一体どういうことなのでしょうか?大人の心配をよそに、大自然に抱かれた彼らは、意外なほど違和感なく、自然に溶け込んでいるようで、頼もしくも見えました。自主的に子牛にミルクをやる子ども、草やりを手伝う子ども、飼い犬を散歩に連れ出す子ども…。

牧草地をちょっと歩くと小さなせせらぎがあり、そこで東京ではほぼ見ることのできない日本ザリガニを見つけて大喜びしている子、刈り取った草を巨大な黒いビニールで丸めた上を、ピョンピョン飛び跳ねて遊ぶ子どもたち、東京にはないスペースで思う存分野球を楽しむ男の子たち、ちょっとしたいさかいで思い切りけんかをしている女の子たち…そしてその傍らでは、牛の群れがのんびりと草を食んでいる…時の流れとはこんなにゆっくりしていていいんだったっけ…?思わず考えてしまいました。

たった1週間の牧場体験が子どもたちの未来にどんな影響を及ぼすのか、もちろんわかりません。もしかしたら、1週間分の洗濯物を詰めて東京に送り返した段ボール箱とともに、「楽しかったぁ!」の一言で片付けられてしまうのかもしれません。でも、一面緑の大自然に抱かれた爽快感、牛や馬や犬や猫や…たくさんの動物や仲間と一緒に過ごした安心感は、たとえ記憶としては残らなくても、子どもたちの体が自然に覚え、いつか体の中に芯が一本通った人間になってくれるのではないか、と思うのです。

人徳

斎藤一人さんの本「人生が100倍楽しく笑える話」で人徳に関して眼から鱗の部分がありました。
引用させていただきます。

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それで、徳って何ですか?って、いうことなんですけど、

人の心が軽くなること。
それから、人の心が明るくなること。

こういうことをする人が「徳がある」っていうんです。

いつも暗そうな顔している人がいるでしょ?実はあれ、あれだけで罪なんですよ。だって、その顔を見てるだけで暗くなっちゃう。ホントなんですよ。

だけど、いつもニコニコしている人だと、その人がいるだけで、幸せな気分になっちゃうでしょ?

だから、自分の顔がニコニコしていられるか。それから、話をすると、相手の気持ちを軽くしちゃう人。話して、人の気持ちが明るくなって、軽くなるようなことをしていれば、その人って、人徳がどんどん、どんどんついてくる。

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暗い雰囲気を一発で変えられるような徳(笑顔)をもった人間に成長したいと思います。



2009年8月1日土曜日

曇天

家庭菜園やっています。とはいっても中途半端に広く400坪ほど。

夏のお楽しみ、枝豆、トウモロコシは私の住んでいる地域では、今時期から収穫始まります。今年は梅雨明け宣言から曇天が続き、作物が太陽エネルギーを光合成で溜め込んでいる量は少なそう。去年は7月の天気が良くておいしいものでき、自分が作った氣になっていましたが、たまたま自然の力を少し利用できただけ。お金だせば晴れてくれて、おいしいもの作らせてもらえるわけでもないですからね。
畑を通して自然と接していると、人間も自然の一部で、自然に生かされていると謙虚な気持ちにさせてもらえます。

週末に畑作業が進まないのは残念だけど(雑草の生育は順調)、謙虚な気持ちにさせてもらえて、この曇天にもありがとう!と思いたい(希望)。
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