2010年6月11日金曜日

「ありがとう」推進者 その22 中山和義さん



中山和義さんは業界トップのテニスクラブを運営される傍ら、テニスショップ、テニスサポートセンター、オリジナルブランドを立ち上げられています。その他の事業としては、老人ホーム、学習塾を展開され、メンタルヘルス協会公認心理カウンセラーでもあり、その心理カウンセラーとして船井総合研究所や商工会議所でも高い評価をうけているそうです。


以下、本のよりの引用です。



大切な人といつまでも一緒にいられるとは限りません。

「あのとき、自分の素直な気持ちを伝えておけばよかった」とか、「感謝の気持ちを伝えていれば別れることにはならなかっ九かもしれない」と、大切な人を失ってから後悔したのでは遅いのです。

「感謝のメッセージ」がいかに大切なことかわかっていても、素直に「感謝のメッセージ」を伝えることは思っているほど簡単ではありません。自分のプライドや過去の経験などが邪魔をしてしまうからです。

この本には、自己開示と感謝のメッセージについて書きました。読んでいただければ、素直に感謝できない自分に気づいて、毎日の生活が大きく変わると思います。

「感謝のメッセージ」を意識して使ってくれれば、必ず良い変化が起こります。小さな変化が大きな変化に必ずつながります。(本の「はじめに」より)

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また、鹿児島の平和記念館の特攻隊で亡くなった方の遺品や遺書が展示されていて、その中の遺書がこの本で紹介されていました。以下は18歳で亡くなられた相花信夫さんの遺書です。

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母を慕いて

母上様御元気ですか
永い間本当に有難うございました
我六歳の時より育て下されし母
継母とは言え世の此の種の母にある如き
不祥事は二伎たりとてなく
慈しみ育て下されし母
有難い母 尊い母
俺は幸福であった
ついに最後迄「お母さん」と呼ばざりし俺
幾度か思い切って呼ばんとしたが
何と意志薄弱な俺だったろう
母上お許し下さい
さぞ淋しかったでしょう
今こそ大声で呼ばして頂きます
お母さん お母さん お母さんと

特攻隊の多くの手紙(遺書)が家族宛の手紙でした。共通して書かれていたことは今まで自分を育ててくれた両親に対する感謝の言葉でした。

父や母に迷惑をかけたというお詫びの言葉も書かれていました。敵船に体当たりするという自分の運命を受け入れて、日本の未来に夢を託す言葉も書かれていました。

書かれた遺書を読んでいると、どれだけ自分が恵まれているかと謙虚な気持ちになります。

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感謝は言われたほうも言った方もうれしくなるのに、どうして言うことをためらってしまうときがあるんでしょうね。

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